第十一話「優しいてのひら」
気まずかった。
だから目が覚めても寝た振りをしていた。
まるで子供みたいに号泣して、
挙句に果てに眠ってしまうなんて、
我に返ってしまうと妙に恥ずかしくなったのだ。
「では香典は」
「かっちゃんが明日まとめて…」
「しかしそれでは…」
「いや、試衛館からということにするから…」
ボソボソと枕元で声が聞こえる。
襖の向こうでは小走りに走る音と多人数の話し声も。
土葬を済ませてしまうと、葬儀は急に形式的なものになるらしい。
死んでいった者の死を悲しむ暇もないほどに。
大人は不便だ。
ふと、誰かの手のひらが触れた。
体温の低い手が、腫れて熱をもった瞼にひやりと心地よい。
「よく眠っている」
「ああ」
「そろそろお腹がすいて目覚めるのではないかな」
片方が笑った気配。
「…こいつがあんな風に泣くとはな」
「うん。動揺させられたよ。驚いた」
「少し羨ましかったな俺は」
「羨ましい?」
瞼の上の手のひらがぴくりと動く。
「俺も母親を労咳で亡くしているが…、あんなふうに無防備に泣けなかった気がする」
「…そうか」
思わぬ土方の告白を聞かせられた宗次郎は更に起きにくくなってしまう。
もし、宗次郎が起きている時だったら(きっと宗次郎の前ではこんな話はしてくれないだろうけど)、
さっき自分にしてくれたみたいに、土方を抱きしめるのに。
山南の手のひらの感触が優しくて、胸が痛くなった。
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第十ニ話「何か話を」
「なにか面白い話をしてください」
そう言って、本当に忠実に期待に答えてくれる人物がどれだけいるだろう。
面白い話を、と言うと句もなく「それならば・・・」と話し出してくれる。
そしてその話は引き込まれるほど魅力的で。
山南は、まさにそういう人だった。
山南の知識はとめどない。
天文の話、地理の話、見たこともない異国の動物の話、遠い日本の歴史、はやりの小説や歌舞伎の話。
そして時には自分の体験した珍事や幼少の頃のことなどを、宗次郎が望むまま語ってくれた。
いつの間にか二人で出稽古に行くのがとても楽しみになった。
道中退屈することなんて一度もない。
山南は横目で宗次郎の様子を伺いながら、微笑を浮かべてゆっくりと話す。
勇とも歳三とも違う。その染み入るように心地よい低音の響き。
「今日は、何の話ですか」
宗次郎が今日も促す。
すると山南は片眉をあげて笑うのだ。
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第十三話「手を繋ぐ」
幼い頃、手を繋ぐという行為が好きだった。
人の体温を感じながら歩いていると、
守られているような安心感と仄かな愛情が感じられて、幸せな気分になれた。
そもそも江戸の町で一度迷子になれば、
以来二度と会えなくなることも少なくない。
それ故に姉たちが宗次郎に迷子札をつけながら、
絶対に手を離しては駄目だと言い聞かせていたせいもある。
だから出かける時、当然のようにその人の手を取ったのだ。
その人は驚いたように振り返って、不思議なものを見るように、
繋いだ手と宗次郎の顔を交互に見やった。
そして瞬時に何事もなかったかのような顔に戻ると、
ゆるりと手を握り返してくれた。
今考えると、それはとんでもない珍事だったのだが、
その時は大人というのはそういうものだと思っていたから、特に何にも感じなかった。
竹刀ダコの出来たごつごつとした手のひらを感じながら江戸の町を歩いた。
大勢の大人たちが行きかう道、体が冷えてきて鼻をすすると、繋いだ手を強く握り返された。
凍える冬の町で、灯りが燈ったように手のひらが温かい。
大人も荷車も何もかも巨大に感じられた頃。
そんな幼い頃の話だ。
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第十四話「冬の朝の攻防」
「朝ですよ」
「…朝だな」
宗次郎が言った言葉を歳三は無感動に繰り返した。
布団から目だけを出して、横にいる歳三のほうを見ると、
歳三も同じようにこちらを伺っているところだった。
その仕草から自分と同じことを考えていると、知る。
だが今日こそは絶対に折れるつもりはなかったので、
宗次郎は無邪気を装って尋ねた。
「どうして起きないんですか?」
「お前こそ」
そして沈黙。
白い息が横になったままの二人の頭上に上がっていく。
「早く起きなきゃ怒られますよ」
「分かってる!」
短気に歳三は怒鳴って、自分の布団にもぐりこんでしまった。
「お前が火鉢を点けるまで、ぜってー起きないからな!」
「………」
「何だよその目は」
「いえ、別に」
どっちが餓鬼だ、と言いたいのを我慢して宗次郎は起き上がる。
途端その凍える朝の空気にぶるりと身震いした。
結局また負けてしまったと思いながら、火興しを手に取る。
「さむー…」
歳三は、といえば満足そうに部屋が暖まるまで惰眠を貪っているのだ。
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第十五話「彼の禁句」
歳三さんの顔は綺麗だ、という言葉はその昔、激しく禁句だった。
薄い瞼、長い睫、通った鼻筋、白い肌に艶やかな黒髪。
彼の顔立ちは少女と見紛う類のものでは決してなかったが、
時折、例えば彼が油断していた時、その目を伏せている表情や、
湯上りの上気した頬でくつろいでいる様子はなにやら妙な色気を発していて、
見目が良いという薄っぺらい表現では形容されにくいものがあった。
だが、それを口にすると彼は激昂して否定する。
そんな躍起にならなくてもと思うほどの熱心さで、
わざと粗忽で無作法な仕草をしたりして、綺麗という言葉を全身で否定する。
歳三曰く、小さな頃から女みたいと言われるのが死ぬほど嫌だった、
そういう馬鹿げたことを口にした奴は叩きのめしてやったし、
ずっとそういう風に見られないように男らしく振舞ってきたと。
ああ、その末にこの意地っ張りで負けず嫌いで短気な性格が形成されてきたのか、
と宗次郎は納得する。傷だらけで喧嘩をしている歳三が目に浮かぶようだ。
しかし青年期に入ってからは、彼は自分の美しさをむしろ積極的に(つまり、女性関係の上で有効に)
利用してきたようで、最近はそう強烈な拒否反応を起こすことはない。
ただし男から言われても嬉しくはないらしく、
その言葉を口にすると、彼は今でも盛大に眉をひそめる。
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