05、爽


あなた、京都の夏は初めてですか。
あんまり暑いんでびっくりしたでしょう。
京では夏になると障子や襖を一斉にすだれに入れ替えるという習慣があるんです。
毎年、その時期になるとああ今年も夏が来たのだなと感じますね。


あ、でもほら、時折爽やかな風が流れるでしょう。
京の町屋は通りに面した一階はべんがら格子、
格子を開けて中に入ると通り庭が奥まで通じた、
間口が狭く奥行きが長い作りでしてね。
夏になると人々は表に打ち水をするんです。
そうするとべんがら格子から奥まで、
すだれを通して何とも言えない涼しい風が流れるんですよ。
京の蒸し暑さをしのぐ生活の知恵、なんでしょうね。


夏になればあの人のことを思い出します。
何故でしょうね、初めて会ったのは夏ではなかったのに。
この爽やかな風が通ると、ああ沖田さんが通った、
なんて冗談みたいに思うんですよ。


打ち水と言えば思い出がありましてね。
私はあの頃もうどうすれば沖田さんにまたお会いできるやろって、
そんなことばかり考えてました。
時折ね、家の前を通ることがあったんですよ。
ええ沖田さんが。
お一人で歩いてる時もあったし、
集団で見廻りをしていることもありました。
背の高い、すらっとした方でしたね。
日に焼けていて、お一人の時は引き締まった顔をしているのに、
誰かと話しながら歩いている時は、まぁ子犬のような無邪気な顔で。


私はその頃16歳。
あの人の影が通りの向こうからやってくると、
顔が燃えるような思いがいたしました。
こんなに会いたくて待っていたのに、
いざ目の前を歩いていくと顔も上げられなくて。
向こうはただの町娘なんか、気にもとめていなかったでしょうけどね。
そう、待っていたんですよ。


ある時は暑い夏の日に打ち水を一時ほど撒き続けたことがありましたね。
「いつまで水を撒いとるつもりや」と親には叱られましたけど、
なんや家の中に入ったら今にも沖田さんがやってくるような気がして、止められなくて。
馬鹿馬鹿しいと思われるでしょう。
必死だったんでしょうねぇ。
でもそのかいがありましてね。
いい加減日差しにくらくらしてきた頃に、あの人がやってきたんですよ。


暑気あたりで幻が見えるのかと最初は思いました。
沖田さんはお一人でこの暑い中なのに涼しそうな顔で歩いてこられました。
ああどうしよう、沖田さんが来る。
そう思うとかーっと顔が熱くなって、
やっぱり私、頭に少し熱が回っていたのでしょうね。
沖田さんが目の前に来た時、
とっさに足元に水をかけてしまったんです。


わざと…ではないつもりでしたけど、
今考えると計算ずくだったのかもしれません。
でもね、お侍さんに水を掛けるなんて当時はとんでもないことですよ。
ええ、無礼打ちにされても仕方ないくらいです。
「すんまへん」と私は慌てて謝りました。


すると沖田さんはびしょぬれになった足元を眺めて、
「涼しくなりました」
と悪戯っぽい顔で仰りました。
そして私の赤い顔を見て、
「今日は暑いですね。打ち水もほどほどに」
と言われると目礼をして行ってしまいました。
私は今までの行動を見抜かれたようで、
どうしてばれたんだろうと辺りを見回すと、
長い間水を撒き続けたせいでまぁ一面水浸しで。
情けないやら、恥ずかしいやら。
でも懲りずにまた違う方法を考えなければなんて思いました。


今では良い思い出です。
こんなおばあちゃんになっても、その時の切なくてどうしようもない気持ちを
鮮明に覚えているものなのですよ。






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