11、叫



雨が降っていた。
細かい、霧のような雨だ。
侵入者である自分たちの気配を消す、好都合の雨であるはずなのに、総司が気が滅入って仕方なかった。
そっと肩を叩かれ咎められているような気さえしてくる。
やめておけ。やめておけ。
そう諭すような雨。


そう考えていたら、本当に肩に手を置かれてびくりと総司は振り返った。
山南だった。
「…もう迷うな」
その声は力強く抗いがたい響きがあって、総司はただ頷くしかなかった。


斬ること事態に異存があったわけではない。
芹沢の暴挙は目に余るものがあったし、
彼ら一部のために新撰組全体が悪く言われるのは悲しかった。
それでも気が滅入る。
斬る。しかも酔わせ宵に紛れ、野党の真似をして。


先頭の土方が音もなく襖を開けた。
原田と視線を交わしあい、室内に侵入する。
とうに目は闇に慣れている。
平山たちが手前に、芹沢たちが屏風で区切った奥に寝ていた。
心臓の音が聞こえそうだった。


土方を見た。
暗闇の中で土方は総司と目を合わすと、奥の芹沢を視線で指してみせた。
俺と総司は芹沢だ。そう言っている。
二人、ゆっくり奥へと進む。


芹沢と梅は絡み合って寝ていた。
梅の白い脚がはだけた着物裾からはみ出し、蛇のようだ。
すでに二人とも剣を抜いていた。
静かに構える。
少し動いただけでも、筋肉や関節の音で芹沢が目を覚ます気がして、知らぬうちに汗が流れた。


土方と目配せした。
燃えている。
一瞬捉えた土方の目に炎が灯っていた。
おそらく自分もそうだっただろう。
殺気に燃えた瞳。
そして一気に二人剣を突き出した。
総司の剣は芹沢を、土方の剣は梅を、
そして後ろでは山南と原田が平山と女に斬りかかった。


しまった、と気づいたのは目の前に白刃が舞ったと同時だった。
芹沢が反撃してきたのだった。
信じられないことだが、斬りかかる瞬間の気配を感じ取って目覚めた芹沢が体をひねって急所をさけ、
枕元にあった刀を取り上げて総司に斬りかかってきたのだ。
本能的に体を引いたのが総司を救った。
切先は鼻先を掠め、横にぬけた。
その隙を見た土方が背中から太刀を浴びせ、芹沢の息の根を止める。
すべて数秒の出来事だった。


早鐘のように打つ自分の鼓動を聞きながら、
総司は何故こんなに闇討ちに躊躇していたのかようやく悟った。


自分は芹沢と一対一で対等に戦ってみたかったのだ。
芹沢の剣は荒々しさと同時に冴えた精密さを持ち合わせていて、
それは鳥肌が立つほど恐ろしくもあり、また人を惹きつけてやまない魅力があった。
彼の人柄もそれと通じていて、破天荒な行いをしつつも、彼の周りには支持する人が絶えることはなかった。
例えば眩し過ぎて目をそらしてしまう強い光源のよう。


土方は正しかったのだろう。
散々酒に酔わせておいてしかも二人がかりでこのザマだ。
まともに戦っていればどうなったか分からない。
それでも、と思う。
もし…真剣におけるぞくぞくする緊張の中、彼と戦えたなら。


血に塗れた芹沢を見下ろした。
叫びだしそうになるのを堪えながら、土方に促され、総司は八木家を後にした。


後日、八木家の勇之助が怪我を負ったという話を聞いた。
「足が斬れていたそうだ、あの夜に」
困った顔で総司に教えてくれたのは近藤だった。
近藤は襲撃に参加していない。
新撰組の旗印である近藤にはこのような仕事をさせたくないという土方の思い故だった。


全く関係ない子供が怪我を負った。
おそらく誰かの剣が触れたのだろう。
あの夜は皆興奮状態にあったし無理はない。
近藤としては頭を下げたいところだろうが、自分たちがやりましたと認める行為は出来るわけがない。
「これで菓子でも買ってやってくれ」
そう言って、総司に小銭を握らせた。
その心遣いが近藤の人の良さを象徴していて、総司は嬉しかった。


「勇坊、お団子買って来たよ」
総司のお気に入りの店のみたらし団子を差し出すと、
少年は無邪気にはしゃいで、兄と共に口いっぱいに頬張った。
「足、痛い?」
そう遠慮がちに訊くと、
「なぁんも痛ないよ」
と勝気な答えが返ってきた。
包帯に滲む血が痛々しい。
思わず「ごめんね」と総司が口にすると、
勇之助は不思議そうな顔で見上げてきた。
「なんで沖田はんが謝るん?」
総司は微笑みながら、彼の頭を優しく撫でた。