初頁

下記の小説はオリジナル要素が強い上、恋愛モノで、
管理人が読む返すのも恥ずかしいほど王道のむずかゆいストーリーとなっています。
こんなぬるいもん読めるかー的なオネエ様は回避でお願いします。

なお白川女に関する事項は細々とした生活にまで調べが及ばず、
一部創作、一部事実というまぜこぜ状態になっています。
ので、「すべて創作」と思われて読まれたほうがよろしいかと思います。

では前置きが長くなりましたが、どうぞ。






01.うたかた


毎日、色んな人が花を買っていく。
駒は花を売り歩く。馴染みもいれば一見の客もいた。
人に花束を手渡す時、その花が連れられて行く先のことを考える。
例えば誰かの慰めに。例えば喧嘩の仲介に。
人は花に自らの想いを託し、花を介して繋がっていく。
花は人々の生活の一部であり、重要な場面の演出者だった。
花売りを生業としているのに、駒はとても不思議だった。
いつかは枯れてしまう儚いものなのに、その源となる強さは一体何なのだろうと。

「花いりまへんかー」

大きく息を吸って出した声は青空にしみじみと響き渡った。
籐箕を頭に戴き、ゆっくりと京の町を練り歩く。
その服装は一目をひく。紺木綿の筒袖に模様の大きい紺絣の前垂れをつけ、
その下は真っ白な着物、白い足袋、白いはばき。
全体的に白と紺の対比が美しく清潔感があった。人は彼女たちを白川女という。
「一つ貰おう」
背後から掛けられた声に、駒は体ごとやんわりと振り返った。
頭にのせた籐箕を落とさないよう注意を払ったその仕草は、
人にはたおやかに映るらしい。呼び止めた男が目を細めるのが見て取れた。
「へぇ。おくりものどすか」
思わずそう聞いたのはその男が目をひくほどの美丈夫であったからだ。
駒は先日見た歌舞伎の役者絵を思い出した。
最も目の前の男は切れ目を強調する化粧も隈取もしていなかったが、
それでも印象的なのは涼やかな目じりと、張り詰めて緩みのない姿勢と雰囲気だった。
「いや、仏花を」
「おおきに。どれにしやしょ」
頭から籐箕を下ろして尋ねると、男は近づいてきて中を覗き込んだ。
今朝駒が摘んだばかりの四季の花が2、30束入っている。
男がその中の一つを指差したので、それを渡し料金を受け取った。
男は立ち去らずしげしげと籐箕の中を覗き込んでいる。白檀のような香りがふとした。
急に駒は汗を掻いた自分の匂いが気になって落ち着かなくなる。
「…案外沢山入っているものなのだな」
「へぇ?」
思わぬ台詞が飛んできて駒は間の抜けた返事をする。
「花のことだ。頭が痛くはならないのか」
頭上に担ぐあの姿勢のことを言っているらしい。
そんなことを聞かれたのは初めてだったので、駒は噴出した。
「初めはなりやすなぁ。せやかてうちら白川女よりも大原女が担ぐ黒木のほうが
ずっと重おすからな。そないな泣き言は言えへんのどす」
しかも大原女は炭を担ぎながら山道を通って京に売りに出てこなければならない。その労働は過酷だった。
「そうは言うても、うちらも首と腕は太うなりますけど」
「そうか」
今度は男が笑った。笑うと思いがけず無邪気な顔になる。
駒は少しの間、その笑顔に見とれた。
「邪魔をしたな」
「あ、おおきに」
男は花を手に歩き出す。駒も籐箕を担ぎなおして背を向けた。
今日もこの籠の花を全て売りつくさなければ帰れない。
仕事に専念しなければと自分に言い聞かせた。
でも。

数歩歩いて振り返ると、丁度男も振り返ったところだった。
二人、目があった。
風が吹いて、頭上の花から漂う花の香が駒の鼻をくすぐった。
やがて男は気まずそうに目を伏せ、視線を断ち切り立ち去った。

毎日色んな人が花を買う。
その、一つになるはずだった。



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02.乾いた道


屯所に戻ると入り口で沖田がひょっこり顔を出した。
「申し訳ありません副長。花は買えましたか?」
言葉だけは丁寧だったが、その瞳に面白がるような色が浮かんでいる。
土方は無言で花束をおきたに押し付けた。
「そんなに怒らなくても」
別に怒っていない、と口にする気にはなれなかった。
下駄を脱いで土間から上がる土方の後ろをちょろちょろと沖田は着いて来る。
妙にその無邪気な顔が憎らしい。
「最近、働きづめだったから、気分転換になるかと思って」
確かに近頃目が廻るほど忙しいのは事実だった。
春先にある長州人が捕縛された。
取調べの末、入京を禁じられた長州藩士や浪士が大量に入京し始めたことを吐き、
新選組は狂ったように不逞浪士を探し出し、斬った。
仕事量が増えるから自然それに伴って屯所内の空気まで殺伐とし始める。
土方はほぼ屯所に篭って陣頭指揮を執っていたから、
沖田が花の購入を口実に土方を外に出そうとしたのは明らかで、
だからこそ土方も春の爽やかな外気を楽しんでいたのだが。
「総司」
珍しく名前で呼んだので沖田は驚いたように足を止めた。
「わざとか?」
「何がですか」
沖田は瞬きをする。
「いや…いい」
煮え切らない土方を沖田は不思議そうに見る。
お疲れなんですね、と意味の分からないため息をつく。
「この花、副長の部屋に飾りましょうか」
「ふざけるな、俺は仏じゃねぇ」
「隊士が喜ぶかも」
「殴られてぇのか」
掛け合いをしながら部屋に戻ると、山崎が来ていた。
ふ、と二人の顔に重たいものが映る。
「勝手に申し訳ありません」
「構わない。聞こう」
監察部隊の報告を聞き、次の指示を与える。
頭が急速にもとの状態に戻るのを感じた。
「三条を中心に捜索範囲を広げろ。
花街でも情報を仕入れて来い。軍資金は出す」
「承知。少々人手を増やしても?」
「人選は慎重にな」
「もとより」
沖田と山崎が隊士の引き抜きについて話し始めた。
土方はそれを片耳で聞きながら、
脳裏で与えられた情報を噛み砕き組み立てる。
その情報に沿っていかに効率的に隊士を動かすか思考を巡らせた。
京都に来てからずっとそうだったように、土方の頭の中は隊の強化で一杯になる。

「では失礼します」
「ああ」
沖田と山崎の声で我に帰る。ふと机の上を見ると、
いつのまにか先ほど土方が購入してきた花が飾られていた。
仏花を俺の部屋に飾るとはいい度胸だ。土方は苦笑する。
素朴な白い小菊が目に鮮やかだった。まるで灯りがともったように、そこだけ明るくなる。
芸妓たちが小女に持たせて届けてくる流暢な文には全く心を動かされなかったのにと、
我ながら不思議だった。
思い出す。
花を売る伸びやかな声とそれを支えていた華奢な腕を。
たまたま目に止まっただけで、何の意味もないのだけれど。



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03.合わせ鏡


花を摘む時一瞬躊躇ってしまうのは、
摘む瞬間の感触が命を意識させてひどく生生しいからだった。

「お駒ちゃん?」
千日紅の茎に手を掛けて、そのまま止まってしまった駒に、
隣の畑で花を摘んでいた美代が声を掛けてきた。
「どないしたん」
「何にも」
急いでそれに答えて、指先に力を入れる。
ぷちり、とか細い音がして、花が無防備に手の中に落ちてきた。
ほのかな重み。青い草木の香り。
「腰が痛とうなって」
そう笑ってみせると、美代も笑顔になる。
一面の畑と青い空の下、美代が身を起こすのが見て取れた。
手のひらでひさしを作らねばならないほど、眩しい風景だった。
「ほんまやね。数はこんなもんでええか。そろそろあっちで束にしよか」
「へぇ」
二人で摘んだ花を両手一杯抱えて、水場へと向かう。
途中同じように畑で花を摘む女たちと声を掛け合った。
見慣れた朝の風景だ。

ここ、白川の里では男達は石を売り、女達は花を売る。
いつごろからそうなったのかは分からないが、昔からそうだった。
石の需要は多く、収入は花売りの比ではなかったし、
花も花でよく売れた。白川は瓜生山を中心に西南へ扇状に広がる沃土で、
暖かな風を受けて草花がよく育った。花売りは独占企業で競争者がいなかったから、
お世辞もお愛想も必要なかった。だから白川の里は裕福だ。

「ひゃあ。まだ水は冷たいなぁ」
「凍るー」
花を水に浸しながら、小さな花束を作っていく。
今はまだ良いが、冬はしもやけとあかぎれで指がパンパンにはれてしまう。
花売りは見かけほど華やかな仕事ではなかった。
「お駒ちゃん、相変わらず上手やなぁ」
「そんなことあらへん。真ん中に濃い色の花を持ってくると綺麗にまとまる気ぃもするけど」
「なるほどなぁ」
並んで話しながら、変色した草や虫を取り除いていく。
一度籐箕から落ちた虫が首筋に乗って、悲鳴をあげたことがあるから慎重だ。

「そや、壬生て、お駒ちゃんが近頃出てはるとこやったな?」
手馴れた手つきで花を束ねていた美代が唐突に言った。
駒はドキリとして思わず手を止める。
「そやけど…何で?」
「あそこにな、変なのが住みついたらしいで」
「変なの?」
そう、と美代は眉を潜めた。
手にした紫の桜草を振った拍子に水がぴしゃりと撥ねる。
「なんや、よう知らへんけど、江戸から来た小汚いお侍はんが、
うろうろしてはったやろ。あれ、会津さんのお抱えになったんやて。
若い男衆集めて、ちゃんばらしてはるって聞いたで。
お駒ちゃん、もう行かへんほうがええんちゃう?」
若い男衆、と口の中で呟いた。ではあの人も、その一人だったのだろうか。
帯剣はしていたが、着流しの粋な風情からなんとなく町人だと思っていたのだけれど。
「派手な羽織着て、偉そうに街中歩いてるのがおるやろ。あれやあれ」
そう言われて、ああ、と駒も納得が言った。
少なからず目にしたことがある。明るすぎる浅葱色の羽織と、
無遠慮な探索に市中の人たちはあからさまになじっていたのを思い出す。
「みぶろ」
耳にした名を出すと、美代はそうそうみぶろ、と繰り返した。
「ごっつい乱暴者やねんて。危ないからもう行かんとき」
真剣に説く美代に、駒は困って笑って見せる。
商家を焼き討ちにしたとか、金を脅し取っているとか、
そういう噂なら駒も聞いて知っている。
でもあの時見た笑顔から感じた裏のない朗らかさや、
たまに花を買っていく若い男たちの礼儀正しさもまた事実で。
一体どちらが本当の姿なのか、分からなくなる。

水の向こうに、先ほど摘んだ千日紅が沈んでいる。
ゆらりと揺れて見えるそれを引き上げると、明確な形が目の前に現れた。
「上手く言えへんけど…」
駒は花につく水を払う。白いぼんぼりのような千日紅。
「うちは少なくともおおかみやと思わへんよ。あそこの男はんは皆子供みたいや。
お仕事行かはるときは、むずかしい顔してはるけどな、
連れ立って歩いてる時は普通の男はんと変わらへん。
せやからうち、あれがみぶろやって気づかへんかった」
水に沈んだ花と実際に手にした花。
人の風評に流されず、自分の見たこと感じたことを信じたい。
「うちは、壬生の人たちに花を売りたいと思う。お美代ちゃん、怒らはる?」
「…言うても聞かん癖に」
美代は目だけで睨んで見せた。駒は常に案じてくれる友に感謝する。
「用心だけはしときや」
「うん」
「…ああ、お駒ちゃんの言う通りにしたら、ほんまに綺麗にできた」
美代は桜草を真ん中に仕上げた華やかなその束を、満足そうに籠に入れた。
この花束が全部仕上がったら、露の乾かぬうちにまた私達は街に出るのだ。



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04.微熱

五月に入って、日差しは夏のような熱を帯びてきた。
頭に載せた籐箕が日よけの役割を担ってくれるが、
そのままでは直接光を浴びている花が痛んでしまう。
駒は濡らした布巾をかけておくことで、少しでも花が保つよう苦心していた。
しかしその布も何度も水に浸しなおさなければならないという有様だ。
今年の夏は、特別暑くなりそうだ。

「ちょいと、花ぁ一つ」
「おおきに」
今日の日付は一日。京都では、毎月1日と15日は、神仏に花を供え拝む日だった。
だから今日は仏花が飛ぶように売れる。
それを見越して多めに花束を作っておいたつもりだったが、
壬生につく頃には籠の中身は榊が数個だけになっていた。

軽くなった籐箕を載せて、田んぼが目立つ壬生の村をゆく。
水気を含んだ、白川の里にもあるような心地よい大地の風が吹く。
八木邸が近くなると、いつも賑やかな音が聞こえていた。
例えば笑い声であったり、怒声だったり、バタバタと走る足音だったり、
そういうものが混ざり合った雑多な音。
意識して見れば、壬生には沢山の若者の気配がした。
道路を挟んである八木邸と前田邸を行き来する姿もよく見かけるし、
隊列を組んでどこかに出かけていくところに出くわしたこともある。
でもあの男だけは見かけなかった。やはり、みぶろの一人ではなかったのだろうか、
と駒はぼんやり思う。
「お駒ちゃん、うっとこにも二つ」
「へぇ」
八木邸のまさに声を掛けられて、残っていた榊もすべて売れてしまった。
もうここにいる理由もない。帰ろう、と駒は籐箕を腕に抱えた。

綾小路を東に曲がったところで、駒は思わず立ち止まった。
見覚えのある立ち姿。あ、と声が出そうになる。
丁度どこかの門から出てきたところのようで、
視線を感じたのか、男は目を上げた。駒は咄嗟のことで頭が真っ白になるのを感じた。

意外にも男は駒を覚えていたようだった。
ああ、と得心がいった表情をして、薄く微笑んだ。
その柔らかさにほっとして、駒も笑顔になる。
まるで顔見知りのように挨拶を交わせたことが嬉しかった。
そのまま立っていると、男はゆっくりと距離を埋めてきた。
うっすらと白檀の香り。
「花を貰おうか」
「えろうすいません。売り切れどす」
空の籐箕を見せるとすごいな、と男は感心した顔をする。
「今日はついたちどすさかい」
「それが関係が?」
「京都ではついたちは仏さんにお参りする日なんどす」
すると男は苦笑する風を見せた。
「ああ…京都は独自の風習があってやり辛い」
「どちらから来はったんどすか」
「江戸」
心なしか、誇らしげに聞こえて少し駒は笑う。
「京都は住みづらいと思わはります?」
男は腕を組んで言葉を選ぶような思案をみせた。
今日は着流し姿ではなく、袴もつけて大小をきちんと差している。
そうして見ると、もう彼は町人にはとても見えなかった。
立ち止まって話をしている白川女と武家風の男を、通行人が不思議そうな目で見る。
「そうではない。街並みは綺麗だし、四季も豊かだ。
食べ物は薄いが品がある。ただ疎まれているのは日々感じている」
駒は俯いた。申し訳ない思いがした。
「うちは…疎ましくなんか思わへん」
だが駒も街を売り歩く中で、侮蔑の声をたくさん聞いていた。

たぶんそれは本能的なものなのだ。京都は昔から天皇が住み、
都として栄えてきた街だった。京都が首位であり、地方は属するもの、
という意識が京都人はなんとなく根底にあるのだ。だからよそ者、
特に言葉尻も荒く、何かと比べられる江戸に敵対心を持つ。
実質的に言えば政治の中枢があり世を取り仕切る幕府がある江戸が、
都なのだろう。しかし京都の人々はそれを受け入れられない。
それは矜持だ。ずっとずっと、それこそ気が遠くなるほど昔から、
都を守り栄えさせ、芸を積み重ねてきたのは京都だから。自分たちだから。
「そうか」
そんなことはない、と否定できない代わりに呟いた拙い言葉を、
男は拾い上げて微笑んでくれた。何かが伝わったのだ、と駒は安堵する。
皆が皆、そう思っているわけではないと。
実際、みぶろが見回るようになってから、
素行の知れない怪しげな浪人が闊歩することもなくなっていた。
駒は男の笑顔に元気付けられて、ずっと気になっていたことを口にする。
「あの、あんさんはどこにお住まいなんどすか。ええと、それからお名前なんて言わはるのん」
「…質問攻めだな」
男の言葉は攻める口調ではなく、むしろ駒の言動を可笑しむようだったが、
駒は思わず口を押さえて赤くなった。だって、と思う。自分は男のことを何も知らない。名前すら。

ただ知りたい、と思った。
どこに住んでいて、どういう暮らしをしていて、どういう人で、
どんなことで笑ったり、怒ったり、辛かったりするのか。
単純な、子供じみた好奇心にも似た、湧きあがってくる思い。
知りたい、はどこに繋がっていくのだろう。

歳三だ、という密やかな声が聞こえて、熱があがるような思いがした。


6/2


05.子守唄 に続く