題一話「死体になる」


もし私が帰ってきた時、死体になってたら、どうする?

そう聞いたのは単なる気まぐれだった。
差し向かって碁を打っていたら見回りの時間が来てしまい、
席を立つとあからさまに不機嫌な顔をされたので、からかってみたくなったのだ。
大笑いしてやるよ。
その人は表情を変えずにそう言った。
剣が立ってもそのザマだ、散々自慢しやがってこの野郎ざまーみろって、
間抜けな死に顔指して大笑いしてやる、と。
そんなこと出来もしないくせに。
イジイジと何時までも悩んで、あれがいけなかったこれがいけなかったと
口にも出せずに一人死ぬまで後悔するくせに。
そう思ったけれど、言わなかった。
嬉しかったからだ。

もし、私が死体になったら。

そう聞いたのは半分は冗談だったけど、半分は本気だったのかもしれない。
この人は大笑いする。そして大泣きする。
想像すると、なんだか無性に嬉しかったので、ありがとうと言って笑った。
お前は頭が変だと言われたので、もう一度大きく笑った。
さっさと行きやがれ。
そうします鬼副長。
これが最後の会話になるのも、悪くはない。


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題二話「町の一つの灯りに混じる」


隣の家には若い夫婦が住んでいる。
仕事の関係だろうか、男のほうは家を空けていることが多い。
朝出かけて三日も四日も帰ってこないこともあれば、たまに一日家にいることもある。
近所ではあの娘は男の囲い者なのだ、ともっぱらの噂だ。
私は彼女のお隣だから、よく道ですれ違う。
お宅さんの旦那さんお忙しいのね、と立ち話をした時にさり気なく言ってみたことがあるが、
やんわり笑って制されてしまった。若いのになかなか隙のない奥さんだ。…気になる。

別に忍び見ているわけじゃないが、丁度私が表の掃き掃除をする時間が
男の出勤時間に重なるらしく、よく目にしてしまう。
そしてなんとなく後ろめたくて隠れながら見てしまう私である。
若夫婦の朝の別れは見ているほうが不信に思うほど重々しい。
女のほうは挑むような顔で、顔にぎゅっと力を入れてから、
こんなことではいけないと思い直すように無理やり笑顔になる。
男のほうは苦笑して─こちらは切れるような鋭い男だ。
いい男だけど、どこか堅気じゃない匂いがすると私は睨んでいる─、
戸締りに気をつけるよう毎回律儀に言い渡して背を向ける。
それはひどく儀式めいていて悲壮で、仲が良い普段の二人から余りにもかけ離れていて、
私は眉をひそめてしまう。まるで出陣する武将の妻のようだ。

やがて二人が離れた。
男は家を背に歩き出し、女は大きく頭を下げる。
彼女は知らないのだ。彼が角を曲がるまで、頭を上げず、じっと俯いているから。
道を行く若侍が、角で一度微かに振り返って、その後ひっそりと微笑むのを。

その様子は優しげで穏やかで、それなのに少し悲しげで、私は何故だか胸をつかれてしまう。
帰って来ますように、と私は思う。
どのような関係でも、きちんとした夫婦じゃなくても、
二人がお互いを大事に思っているのはあれを見れば分かるから、そう願ってしまう。
どうかもう一度彼が彼女の元を訪れますように。

そ知らぬ顔で彼は今日も彼女の家にやってくる。
時には甘味所の包みを持って。時には早足で。
だから私は彼の姿を見るとそのたびほっとして、嗚呼良かったと思うのだ。
隣の家には暖かな灯りがついている。


斉藤さん。
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第三話「四月の馬鹿」


平助はにっこり笑って口を開いた。
「俺は原田さんが大嫌いだ。見ているだけで虫唾が走るし、
同じ部屋の空気を吸っているのも嫌なくらいだ。名前を口にするのもおぞましい。
何が嫌いって特にその暑苦しい態度と顔だよ。絶望的に気色悪い。
頼むから俺に話しかけないでくれ。金輪際近寄るな、この死に損ない
「………」
「原田さん?」
「………」
「もしかして傷ついている?」
「当たり前だ!」
「だって今日は嘘をつく日なんでしょう?嘘だって分かっているのになんで傷つくの?」
「もうやめようぜこんなん!全然面白くねぇ!」
「自分で言い出したくせに…」
「はい、やめ!」
「勝手なんだから」
「うるせぇ!」


友達への拝領品を編集。
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題四話「未来の噂」


今のところ京都市民における新選組の評価は最悪ですよ、
と島田があの厳つい顔に満面の笑みを浮かべて言った。
「どうして?こんなに京都に貢献してるのに」
沖田が言うと島田は得意げに指を立てる。
「1、よそ者。2、礼儀行儀を知らない。3、金払いが悪い。4、芹沢先生の凶行のなごり。
5、そもそも京都は尊王主義。6、なんか知らんけど気に入らない」
「分かりやすく有難う」
「実際今の私達は京都にも幕府にも貢献しているわけですから、
また後の時代になったら評価が違ってくるかもしれませんよ。
幕府の権威が回復すれば転じて英雄ですよ」
沖田は笑う。
「それはどうかな?後の時代の人たちが
俺たちの心情や起きた出来事をすべて理解できるわけがありませんよ。
それでいて勝手な講釈をつけるんだ。
副長の土方は腎虚だったとか、一番隊の沖田は美形だったとかってね」
腎虚、と聞いて一瞬島田は苦い顔をした。何かを思い出したらしい。
そしてはっと気がついたらしく目を輝かせた。
「では島田魁は女にモテモテだったとかなりますかね!」
「ああ…なればいいね」
「…そのどうでもよさそうな顔やめてくださいよ」


「怒」の続き
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題五話「甘やかし」


「あ、私が」
と言われた時は、本当に何のことか分からなくて、
斉藤は「は?」と間抜けに聞き返してしまった。
春はそんな斉藤にきょとんとして、側に膝をついた。
「…あの、爪を…」
「爪?」
手に持った鋏をかざしてみせる。確かに斉藤は今爪を切っていたところだった。
日がよくあたる縁側で爪切りをするのは心地よく、ついつい背が丸まってしまう。
屯所ではとても出来ない姿だが。
「わたくしが、代わりに切ろうかと」
「…なぜ?」
真剣に不思議そうな斉藤に、春も同じく眉を寄せてしまう。
向かい合ったまま二人、滑稽なほど同じ表情をしていた。
「特に意味はないけれど。なんとなく。良いかなと思って。
はい、手を出してくださいまし。あ、鋏も」
よく分からないけれど、有無を言わさない口調につられて、
斉藤はそろそろと手を差し出す。その手がゆるりと柔らかい手のひらに包まれた。
「…何か、落ち着かないな」
「そうですか?」
冷たい感触がして、ぱちんと爪が飛ぶ。
「私の父は母によく爪を切ってもらっていたから、
夫婦はそんなものだと思っていたの。斉藤さんのお家はそうではなかった?」
「なかったな」
商家と武家の違いのせいなのか。
母がそのように父を甘やかしているところなど見たことがない。
それとも子供が見ていないところでは爪を切ってもらったり、
耳垢をとってもらったりしていたのだろうか。
厳格な父だけに想像も出来なかった。
最も、自分がそんなことをしてもらうことだって、同じくらい想像しがたい。
いや、今実際その状況なのだけれど。妙な葛藤。

ぱちん。ぱちん。

ぞんざいな自分の切り方より数倍優しい。
爪が弾く音さえも柔らかく聞こえてしまうのは何故だろう。
斉藤は伏せた春の睫をこっそりと見ていた。

「大根をいただいたんですよ」
「…どこから?」
「お隣のお屋敷のご新造さんに。ご実家が農家なんですって。おすそ分けをいただきたの」
「そうか」
春は嬉しそうだった。
越してきてから堅く萎縮していた春だが、ようやく近所にも馴染んできたのだろう。
一人で留守居をさせる時間が長いだけに、良かったなと斉藤は思う。
「だから今日はねり味噌を敷いたふろふきにしてお酒のつまみにしようと思うのだけれど。
残りは雑炊にして。どうかしら。沢山あるから後は干してしまおうと思って」
「好きにすればいい」
大根の調理法など聞かれても分からないので、斉藤はそう答えた。
爪を切りながらの、他愛無い会話。それなのに、なにか心地よい。

「今日の、お勤めは?」
夜からだと答えて、憂鬱な気分になり、驚く。
斉藤は初めて、「なんだか仕事に行きたくないな」と思ったのだった。


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