10、志


「歳さん、花が咲いてますよ」
道から少し離れた場所に黄色く花が咲いていた。
明かりが灯ったように明るく見えて、
総司は前を行く土方に声を掛けた。
「何の花だったのかな。もう見えなくなった」
黙々と歩く集団の歩調は変わらず、
流れるように風景は遠のいていく。
「妻籠から京まで55里14丁ですってね。
江戸へは80里半だから、随分遠くまで来ましたね」
土方は相槌も打たない。
「ね、歳さん」
「…総司」
「はい?」
やっと振り向いた土方の顔は笑っていない。
「いいから黙って歩け。だからお前と並ぶのは嫌だったんだ」
「だって」
「煩い。子供みたいな言葉を使うな」
歩き通しのせいか機嫌が悪いらしい。
総司は黙って従うことにした。
「煩い…て言われた」
代わりに隣の平助にこっそり愚痴る。
「今日は寒いからね」
首をすぼめるように平助が言う。
暖かい日が続いたと思っていたのに、
急に寒さが戻ってきた日だった。
歩いていれば温まってはくるが、
ろくに洗濯も出来ない着物で風に晒されながらの旅だ。
お洒落な土方としては畜生と思いたくもなるのだろう。


寒さで足も速まったのか、妻籠に着いたのは夕刻前のまだかなり太陽が高いころで、
宿に入った試衛館一同はやれやれと息をついた。
「こんな山の中に綺麗な宿場街があるのだな」
近藤は木曽路に入ってから飽きずにそう繰り返している。
確かに山道を通って行くといきなり眼界に開ける街の宿坊は
こんなところにという印象を拭えない。
平地を見渡せる江戸とはえらい違いだ。


「京に着くまでにその餓鬼っぽいところを直せよ」
土方が二階の手すりに寄りかかりながら言った。
「何ですか急に」
「他の奴等になめられる」
言いながら瞳を細め、土方は外を眺めている。
「ここはもう多摩じゃねぇんだ」
江戸を出発したころから時折見せるその鋭い表情に呑まれて、
そんなこと分かってますよと総司は呟いた。
土方は静かに風に吹かれている。