14、斬
女のうなじをぼんやりと眺めていた。
商売女なのだろうか。堅気の格好をしているがどこか婀娜っぽい香りがする。
普通よりわずかに広くぬいた襟から白い首筋を夜気に艶かしく晒している。
「何見てるんですか」
総司にそう聞かれて、咄嗟に
「別にぃ」
と永倉は返事を返した。
ほおずえを突いた姿勢のままで視線だけをちらりと総司に走らせると、
何もかも分かってますよという風なにやにや笑いを向けられた。
「知ってたんなら、聞くなって!」
小突く真似をすると、笑いながら総司が受け止めた。
「なになに、あの女?パチさん好みなわけ?」
左之助が興味深々で身を乗り出してくる。
「そうじゃねぇけどさー」
「駄目じゃないですか奥さんがお家で待ってるのに」
「男のサガですよ、総司君」
なみなみと満たした杯をぐいっと煽った。
鴨川の床に来ていた。
夏の四条河原町には涼を求めた多くの人たちが集まってくる。
かるわざや人形芝居などの見世物小屋、
また茶店や夕涼みの床が設けられ、歓楽地と化すのである。
赤々と明りを焚くものだから、左之助などは「江戸の火事場みたいだな」などと感想を洩らした。
確かに三条橋辺りから見れば、ぽっかりと明るい火事に見えたかもしれない。
「……っ」
ふいに総司が咳を洩らした。
「おい、大丈夫か」
不安になって永倉は思わずそう尋ねる。
「平気です」
即座にそう答えたのがかえって気になった。
総司の病気のことは屯所内で暗黙の了解となっている。
総司は病人扱いをされるのをひどく嫌がり、周りが心配すればするほど元気ぶる節があった。
だから最近は皆知らない振りをしている。
今日も酒に誘えば一つ返事でついてきたものの、
先ほどから杯を口に運ぶ真似をするばかりでほとんど飲んでいない。
もちろんそんなことを指摘するつもりもないが。
「冷えるよなぁ案外。パチさんもう帰ろうぜ。俺明日早いんだ」
左之助がさり気なく言った。
確かに風が吹くと冷たい空気が頬を撫でる。
酒を飲んで火照っている自分たちには心地よい位だが、総司には辛くなってきたのかもしれない。
「そうだな、ほら行くぞ総司」
不満そうな総司を無理やり立たせ、鴨川を後にした。
「明日が早くてもいつもは気にもしない癖に」
総司が言った言葉を左之助は聞こえないといった風情で歩いている。
「つけられてるねぇ…」
屯所に向かう途中の五条通りで二人にだけ聞こえるように永倉はそう囁いた。
「この面子に喧嘩を売るとはな」
左之助は含み笑いを洩らす。
人ごみに紛れてはいるが、
暑苦しい男4人が殺気を漲らせているのでは尾行していますよと主張するも同然だ。
わざと人気が少ない道に曲がった。
思った通り跡をついてきた。
「よぉ」
振り返って声を掛けると男たちはぎょっと立ち竦んだ。
「何か御用でも?」
涼しい顔で総司が訊く。
病んでいるとは言えども、まだ腕は落ちてはいない。
この優男の外見に騙されてはひどい目に遭う。
「新撰組か」
「いかにも」
左之助が応じる。男は名を名乗った。すでに鯉口を切っている。
「我らが同輩そなたらに討ち取られた遺恨故、覚悟をいたされよ」
同時に抜刀した。
最初に斬りかかっていったのは左之助だった。
受け止めた男の横から、仲間が斬り込んで来る。
たちまち乱闘になった。
永倉は力任せに打ちかかって来た男を受け流し、無防備になったわき腹を斜めに斬り上げた。
骨に当たる嫌な感触がした。
他には、と辺りを見回すと、逃走していく男の後姿が二つ見えた。
「見逃したのか」
総司に顔を向ける。左之助と対峙していた男は足元に倒れていた。
絶命しているらしい。
「逃げられたんですよ」
しらっと総司が答える。
「おっ。こっちはまだ息があるぞ」
永倉が斬った人物に屈みこんでいた左之助が言った。
「医者を呼んで、こっちの遺体は届け出なきゃならねぇな」
面倒な、と頭を掻く。
「私が届けて来ます」
総司はそう言うと、長い脚で大股に歩いていった。
「…あいつ、江戸に帰せないのかね」
総司の背が角に消えるのを見届けてから、永倉がぽつりと言う。
「無理だって。あいつが承知するわけねぇよ」
「だよなぁ。誰だよ、あいつをあんなに頑固に育てちゃったのは」
「トシさんだろ」
くくく、と左之助が笑う。
「俺たちは見守るしかねぇよ。
諭して奴が聞くタマなら、とっくに近藤先生がミツさんのとこに返してる。
あいつの気がすむように俺たちは出来ることをしようぜ」
左之助は総司が消えた空間を眺めている。
永倉も同じようにそちらに目をやりながら「ああ」と答えた。
浪士たちの刀になどで彼の命を奪わせたくないと同様に、
病などで簡単に逝ったりしてほしくなかった。
「大丈夫、治るさ…」
左之助が彼の不安を見抜いたかのように低く呟いた。