04.豪


熱のあるときはどうしてこんなに景色が綺麗に見えるんだろう。
総司はぼんやりと庭に顔を向けている。
波に乗っているような浮遊感。
膜がかかったような視界。そういえば角屋の硝子窓を通してみた風景にも似ている。
歪んできらめいた木々が揺れている。
開け放たれた障子の向こうから時折風が通り、汗ばんだ体を撫でていった。


「扇がないでください」
それまで黙っていた総司が唐突に言った。
暑かろうと善意で団扇を扇がせていた土方は当惑した顔で手を止める。
「結構ですから」
不自然な風が当たることが何故だか神経に障るのだ。
霞がかかったように何もかもが曖昧になっているのに、気ばかりが敏感になっていて、
さり気なく言ったつもりの台詞が口に出してみると責めるような口調になってしまった。
総司は自己嫌悪で唇を噛む。
「すまん」
ぼそりと言った土方の声。
蝉が鳴いている。


池田屋で総司が倒れてから二日が過ぎていた。
まだ総司の熱は下がらない。
隊内はだいぶ落ち着きを取り戻し、怪我をした隊士以外は通常任務につきはじめていた。
事後処理に追われていた土方もやっと友を見舞う時間が出来たのだった。
今は近くの部屋の隊士は皆出払っているのか、総司の部屋は静かだ。
土方は落ち着かない気分で手元の団扇をもてあそぶ。
見舞いにと部屋を訪れたものの、何もしてやることがなかった。
額の布を代えてやって、側に座る。それですべて。


総司は熱のせいか始終ぼんやりとした顔をしている。
白い面にわずかに赤みがさしていて、微かな息遣いが聞こえてきた。


ふと、総司と目が合った。
「土方さん」
掠れた声。土方は狼狽する。
「どうした」
「ごめんなさい」
「何故謝る」
「……」
肝心な時に倒れたこと、何も役に立てなかったこと、
駆けつけた皆を死ぬほど心配させたこと、
寝込んでいることが歯がゆくて八つ当たりをしたこと。


「いいから」
黙り込んだ総司の額をぺちりと土方は叩く。
「さっさと治しやがれ。お前がくっちゃべってないと静かで仕方ねぇ」
江戸に居た頃と同じ口調で悪態をつかれて、
総司は目を見開いた後、思わず笑みを浮かべた。
自分を励ますためにわざと豪気に江戸弁を使ったのだ、この鬼副長は。
「口が悪い」
「今に始まったことか」
やり込められて嬉しいなんて、全く私はどうかしている。
「根性が悪い」
「うるせぇチビ助」
口とは裏腹に、土方はそっと団扇を使い出した。
今度は煩がられないよう、そっと静かに風を送る。
総司は心地よさそうに目を閉じた。
土方は内心ほっとしながら、総司の眠りを誘うように手を動かす。
「…すぐ熱なんか下がる」
呟いた言葉は総司に届いたかどうか。
もうとっくに自分よりも背が高くなったチビ助に土方は静かに風を送り続けた。