「竜田姫の弦月」


真っ黒な空に懸かる
欠けゆく弓張りの月の光に打たれて
ただぼんやりと窓辺に座り
過ぎて行った日々を想う

二人で築いたこの宿りに
貴方はもう戻らないと囁いた

肩を掴んでいた貴方の強張った手
これが永久(とわ)の別れになるのかもしれないと
口には出さなくとも潤んでいく
貴方の瞳が伝えていた

武士は己を殺して理想の姿に殉じる者だと
俺は武士になり誠の下で生きるのだと
いつか夜話で聞かせてくれた貴方は
立ち尽くす私をまるで泡に触れるかのように
そっと抱きしめた
首筋に貴方の頬から落ちてきた暖かい雫が触れた

初めて一緒に出掛けた日の事を思い出す
普段の隊服を脱いでいた貴方は
なんだかいつもより若く見えて
わざと難しそうな顔をして
二歩後ろを歩いていた私を
ちらりちらりと振り返りながら
ゆっくりと歩調を合わせてくれた
心地よい春の風が吹いていた

あれから幾つもの季節が過ぎて
あなたは手の届く所にいる現実の人となって
絶ゆることなく繋がっていく日常の日々
すべてが淡く光を放つ
揺らめく水の中で静かに夢を見ているようだった

あなたが残して行った思い出という鋭利な刃物は
絶え間なく押し寄せてきて
一年が経とうとしている今でも私を切り刻む
一緒に年を取りたかった
ただ貴方が欲しかった
私は「誠」に勝てなかった
今はもう貴方の生死の知らせさえ私には届かない
この子の父親は立派な人だったと
口にするのも許されない時代になってしまった
それでも私は
貴方を恨むまい
私に微笑みの時間をくれた貴方を恨むまい

空で舞う竜田姫よ
あの人にどうか安らぎを
罪の意識に悩まされたりしていませんように
悲しんでなどいませんように
無事お役目を果たせますように
私はこうして生きているから
泣いていないから
明日も命を紡いでゆくから
最後に交わした約束を
決して悔いぬ逃げぬという約束を
志を貫き通すという約束を
果たしてみせて

竜田姫の弦月が欠けてもまた満ちてくるように
私も心を飛ばして貴方を包み込もう
何処か私の見知らぬ場所にいる貴方へ













(2002年)
後に「my storehouse♪」のようさんの作曲音楽の題名をつけさせていただくさいに、イメージ詩となりました。その音楽は最終的に「竜田姫の孤独」という題になりました。ようさん、ありがとうございます。
(2004年)